バリ封

僕の生まれた頃、60年代末は学園闘争が激しく
僕はその影響は全く受けていない


子供の頃、ジョンレノンが殺されたニュースを見て
ガキながらに「大変なことになった!!!!!!!」と
テレビに釘付けになったのを覚えている


想像を絶するほどの田舎者の親に
かなりの田舎で育てられている子供で
ビートルズなんて周りの誰も聴かないし
両親ともたまに聞くのは演歌ばかりの環境で育っていたが
さすがにビートルズの名前ぐらいは知っていた
テレビの力ってすごいね


ビートルズもジョンレノンもすごい人だぐらいの
漠然とした知識しか無いにもかかわらず
ちびっ子の俺は勝手に衝撃を受けていた
今でもそのニュースを見た時のことを覚えている


そんなことに影響を受けているのかよくわからないのだけど
学生の時にバリ封をしたかった
友達に「バリ封したいな」と言っても
「一人でやりなよ」と軽〜く流されていた
だけど、僕は本気だった
目的はともかくバリ封をしたかった
一人でやってもおかしな奴で片付けられるからしなかったけどね


バリ封をしたいといっても全共闘とかには全く興味がなく
むしろ嫌いな方だった


学校でテクノロジーを学んで
テクノロジーの築き上げたものを知れば知るほど
学べば学ぶほど自然の強さと大きさを知ることになり
テクノロジーの脆さと危うさをも学ぶことになる
今思えばそんな矛盾からの不安がバリ封を欲していたのかもしれない


僕はヒッピーに憧れていた
本物のヒッピーは僕と思想がかなり異なり
僕が憧れたヒッピーは僕が勘違いして思い描いたヒッピーで
今でも自分の「勘違い勝手に思い描きヒッピー」に憧れている


僕が思い描いたのは自然と文化と技術と社会との高度な融和
だから常に反骨のへそ曲がりなのである

地震被災者の方々へ気の利いた言葉も見つからず
借り物の言葉を使うこともへそ曲がりの僕にはできないのです
この話は地震発生からいろいろあったことを自分なりに考えて
そこから出てきた「何か」です


皆、こんなときだから笑いましょう。